南さつま市 大浦干拓

【南さつま市 大浦干拓】

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海を人力で干拓された先人達の努力。

 

工事着工は昭和17年。
「大浦を元気に!大々的な農業を!」
そんな言葉で始められた事業

 

ところが当時は大東亜戦争開戦後の状況。若者は戦地に行き、なかなか作業は進まない。

 

戦況や戦地に赴いた家族への不安感も相まって町民の士気は日に日に下がる。

 

当時の笠沙町町長、唐仁原等さんは
「このままでは干拓の工事はなくなってしまう。未来のためにも終わらせてはいけない!」
と、笠沙町住民のお宅を一軒一軒周り、工事継続、干拓の広がる未来を訴えたという。

 

心の折れかかった住民に再び立ち上がってもらうように声をかけていった努力。

 

すべては未来の為に。

 

そんな熱い想いが届いたのか、大浦の干拓工事は昭和22年に農水省の直轄事業として採択される。

しかし、元は海だった土地。

 

手押しトロッコを使って周辺の山から土を運び出し、土嚢を作って堤防を造る。とにかく堤防の補修に土壌改良。

作物が思うように育たない状況も多々あった。

来る日も来る日も干拓地との格闘

それでもあきらめずに干拓を整備し、作物を作り続け、今こうやって安定した農業を行うことができる場所となっている。

 

すべての地域に言える事だが、先人が未来を想い残して下さった財産や事実が埋もれている事は往々によくある。

 

知らずに忘れ去られてしまう事も多いが、こういった想いのこもった場所はまだまだたくさんあるのではないだろうか。

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※今回の内容は「さつま・すんくじらプロジェクト」様の記事を参考にさせて頂きました。
参考URL:http://sunkujira.jimdo.com/

 

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