今まで知覧、万世、青戸と陸軍の飛行場跡を巡ってきましたが、実際のところ、当時の軍事飛行場は海軍所属のものが多数を占めていました。

いつもお伝えしている通り、知覧の圧倒的な知名度で、特攻=知覧のイメージが強いですが、他にも多数の飛行場から特攻機は飛んでいます※特攻=飛行機だけでなく、回天という人間魚雷があったのも忘れてはいけませんね。。

そこで今回はその海軍飛行場跡のひとつ鹿屋市串良町の串良海軍航空基地跡を訪ねてまいりました<m(__)m>

串良平和公園

串良海軍航空基地の滑走路は、串良町出身者の方々により約1200本の桜が植樹され、春には見事な桜並木道となります。この周辺には戦没者慰霊塔や慰霊碑が建立され、現在は競技場などのスポーツ施設が並びます。

アクセス

鹿屋市街地から車で約20分。国道220号を通るとわかりやすいと思います。

地図

※昭和22年に撮影された国土地理院の空撮

串良平和公園の様子

真っ白な慰霊塔がそびえます。ツツジは平和という文字を刻んで植え込まれていますね。

桜並木は、映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」のロケでも使われた場所です。

各慰霊碑が並びます。。

私の大伯父もここから飛び立ちました。慰霊塔にはその名が刻まれています。

菊水天山隊として1945年4月6日沖縄に向け飛び立ちました。祖母の話だと、亡くなられたと思われるその日に家の玄関先で「ただいま」という声がしたと言います。

検閲が入る手紙では勇敢な言葉が並びますが、その裏には恐怖感や悲しみがあったのではないでしょうか?

たった一言ですが、安心させるために家に帰ってきたのかもしれませんね。。

串良海軍航空基地地下壕電信司令室跡

特攻隊員たちが突撃前に送る電信。これを受信していた指令室跡が串良には現存しています。

その時、その瞬間、どんな連絡があったのでしょうか・・

アクセス

岸良平和公園から南へ車で数分のところに、駐車場なども綺麗に整備された串良海軍航空基地地下壕電信司令室跡があります。

※夜間施錠のため9:00~16:00まで。年末年始は見学できません。

地図

串良海軍航空基地地下壕電信司令室跡の様子

2,3年前に周囲の整備をされたようです。時間内であれば施錠は解かれ解放されています。

階段を降りて上を見上げます

降りたら広い空間が

当時の様子をパネルにしています

裏手の通路。静けさと暗さでちょっと怖い感じもします(^^;)

その時、その瞬間どんな電信が届いていたのでしょうか??

ちなみにそれらの詳細については桑原敬一著「語られざる特攻基地・串良」で、語られています。

串良基地の動画

まとめ

個人的な部分ですが、大伯父が飛び立った地である串良飛行場跡には初めての訪問でした。

直接、同じ血が流れているわけではありませんが、私にとって大伯父は心から尊敬できる人です。

それは戦争や特攻の賛美ではありません。

言葉にならない感謝があるのです。

もちろん、大伯父だけでなく、特攻だけでなく、日本人だけでなく、多くの方が亡くなった時代の上にある今の日本や鹿児島で過ごせることの感謝、そして哀悼の想い。

いろんな感情が生まれてくるのが、戦争遺構の訪問ですね。

 

それではまた(o・・o)/~

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