阿久根の太郎寿司さんを訪ねたあと目指した先は薩摩川内市東郷町(^^)/

 

ここにはどうしても拝んでおきたい木像があったのです。。

 

それは、日置市日吉町の深固院跡を訪れた時に知った”普峰京順和尚”御自らが彫ったといわれる木像

 

なんでも普峰京順和尚が再興したと言われる”不二山香積寺跡に今も大事にされ残っているというのです。

 

「これはいかねばならない!」

 

ということで訪ねてみました(^^)/

不二山香積寺とは?

薩摩川内市東郷町南瀬。この場所に不二山香積寺跡はあります。

 

元々は、島津本家の菩提寺である福昌寺の末寺として、香積庵という寺が藤川にあったらしいですが、それが廃寺になったのを、普峰京順和尚が惜しみ、東郷町南瀬に1666年4月、不二山香積寺として再建したそうです。

現在の香積寺跡

車一台分の駐車スペースの隣には、案内看板とお堂が。。

普峰京順和尚の木像

右手の白いご位牌が普峰京順和尚のご位牌

ここに普峰京順和尚の木像やご位牌が祀られています。そして。。

普峰京順和尚の木像です。

廃仏毀釈の混乱を地域の方々の協力で乗り越え、今も同地域に鎮座されているというのは凄いことです。

とても状態が良いです。。お線香をあげさせていただきましたが、同時に地域の方々への感謝もしなければなりません。。

石仏と歴代住職墓所

お堂の反対側、畑の横の砂利道の先に石仏と歴代住職のお墓があります。

他の寺跡よりも比較的、石仏の状態が良いです。

歴代住職のお墓です

再興した普峰京順和尚を二代としていますので、それ以前については開山の墓石にまとめられた感じでしょうか。。再興後の住職たちのお墓が並びます。

普峰京順和尚のお墓は二か所?

日置市日吉町の深固院跡にも普峰京順和尚のお墓はあります。

 

三国名勝図会によると、普峰京順和尚は元々、深固院の住持であり、名僧として名高かったため、多くの人が普峰京順和尚に教えを請いに訪れたそうです。ただ、普峰京順和尚はさらなる徳を積むために深固院をひそかに去り、修行ののち香積寺を再興したそうです。

 

そのゆかりからでしょうか。香積寺跡と深固院の二か所にお墓があるようです。

南瀬観音古石塔群

香積寺跡近くには、南瀬観音古石塔群というものも残っています。

ここも綺麗にされています。

ここで述べられている観音堂がどこを指すものかはわかりませんが、普峰京順和尚が香積寺を再興される前に、この地は何らかの信仰や供養の地であったのかもしれません。それ故、この地を再興の地にしたのでしょうか。。

観光まとめ

あまり観光パンフレットに載ることもない場所ですが、この地区で守られてきた普峰京順和尚の木像は、間違いなく博物館レベルの文化財だと思います。

 

ただ、あるべき場所はこの地なのでしょう。

 

他のブログさんでも述べられてますが、文化財保護と地域の宝の視点は難しいものです。

 

最近は全国的に神仏への冒涜行為が相次いでいます。それを考慮し、こちらに関しては地図の掲載を控えさせていただきます。。

それではまた(o・・o)/~

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