中津野南方神社:苔むした境内と今も残る並立鳥居

今年も雨の時期が近づいています・・

雨の日というのはどうしてもお出かけする気になれなかったり、家でゴロゴロしがちなのですが、雨だからこそ映える風景というのもあります。

ということで今回は雨の日に行きたい、南さつま市金峰町にある「中津野南方神社」を訪ねてきました(*^-^*)

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南方神社の由来

他の南方神社の紹介でもお伝えしていますが、南方神社についてのおさらいです(^^)/

南九州に多いというか、ほぼほぼ南九州にしかない南方神社ですが、元々、明治以前は諏訪神社として、宮崎や鹿児島各所に鎮座しておりました。その理由としては、島津家初代である島津忠久公が奥州藤原氏の征伐の際に、信州諏訪社に祈願し、その後、信濃の一部を治めたことがきっかけではないかと言われています。

そんなわけで諏訪神社は稲荷神社同様に島津家による崇敬が厚かったため、各地に諏訪神社が遷座されたのではないでしょうか。

その後、明治に入り、どういう経緯かはわかりませんが、御祭神の建御名方神(健南方神)から南方をとり、南方神社と呼ばれるなったという説があります。一方で、諏訪神社として残っている神社も県下にはあり、その違いは何なのか??大変興味がもたれるところです。

ちなみに諏訪神社は、上社(建御名方神)下社(事代主命)としてお二方の祭神を祀られている神社もあれば、どちらかお一方という場所、もしくは建御名方神とお妃である八坂刀売神を祀っている神社など、神社庁と内容が相違している神社もあり、はっきりとはしていません。

並立鳥居については、島津家が信州諏訪の諏訪大社上社・下社の両社を勧請した際に、上社と下社を並立した形式で造営し、結果として鳥居も並立して建てられましたという説があります。

その後、薩摩の各郷に同じ形式で分社が造られましたが、時代の変遷や経済的理由で一基の鳥居のみが建てられるようになり、また本殿も、上社と下社を統合した一つの社殿になりました。

県内に残る並立鳥居

意外に並立鳥居の神社が残っていますのでまとめてみました。リンクがあるものは、当サイトでも紹介しております。

・枕崎市鹿篭麓町(南方神社)
南さつま市加世田益山(八幡神社合祀)
南さつま市金峰尾下(南方神社)
南さつま市金峰中津野(南方神社)
南九州市川辺町小野(南方神社)
・日置市東市来町湯田(諏訪神社)
・いちき串木野市生福(南方神社)
・いちき串木野市川上(諏訪神社)
薩摩川内市東郷町斧渕(諏訪神社)
薩摩川内市湯島町(南方神社)
・薩摩川内市入来町浦之名(諏訪神社)
・南大隅町根占(諏訪神社)

中津野南方神社の場所は?

県道20号鹿児島加世田線から向かうのが一番アクセスしやすいです。基本的に車かバイクでの訪問になります。神社までの道はそこまで狭くないので安心して訪ねることができると思います。ただ、見通しが悪いところもあるので、スピードには気を付けましょう。

  • 住所:鹿児島県南さつま市金峰町中津野1039
  • 地図(GoogleMap

中津野南方神社の様子

ちょっとした地域の住宅地をすすむと左手に現れる並立鳥居

木々に囲まれた空間は神秘的で、古くからある日本の心落ち着く場所といった印象

苔むした参道。”中津野お田植え踊り”という行事が中断と再開を繰り返されているようですが、この苔の状態からすると、現在は中断しているものと思われます。

行事がないことは寂しいのですが、であれば逆にこの苔は大事にしたい!と、思い、苔がはげないように慎重に歩きました(笑)

ただ、苔は生えていても境内の清掃はとても行き届いており、草木の手入れもしっかりしています

とても静かで小鳥の声だけが聞こえる穏やかな時間でした

まとめ

ご覧いただいた通り、緑あふれる神社ですので、雨の日はその緑がより艶やかに、そして深い色になります。※この日は曇りでしたが(笑)

きっと素敵な雰囲気が広がりますので、日頃のストレスを開放しに訪ねてみてくださいね!

それではまた(o・・o)/~

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