湯島 南方神社:川内川沿いにある並立鳥居【薩摩川内市】

昨年、薩摩川内市をぶらりとドライブしたときに訪ねた、薩摩川内市湯島町にある南方神社

春の時期に訪ねたら桜が綺麗かもなー

と、思い、あえてご紹介を遅らせ今回のご紹介になります(*^-^*)

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湯島 南方神社の場所は?

薩摩川内市の水引ICから川内原発方面に行きます。県道44号に入ったら南下し、水引公園を目指しましょう。

  • 住所:鹿児島県薩摩川内市湯島町3194
  • 地図(GoogleMap

南方神社の由来

喜入南方神社でもお伝えしていますが、南方神社についてのおさらいです(^^)/

南九州に多いというか、ほぼほぼ南九州にしかない南方神社ですが、元々、明治以前は諏訪神社として、宮崎や鹿児島各所に鎮座しておりました。その理由としては、島津家初代である島津忠久公が奥州藤原氏の征伐の際に、信州諏訪社に祈願し、その後、信濃の一部を治めたことがきっかけではないかと言われています。

そんなわけで諏訪神社は稲荷神社同様に島津家による崇敬が厚かったため、各地に諏訪神社が遷座されたのではないでしょうか。

その後、明治に入り、どういう経緯かはわかりませんが、御祭神の建御名方神(健南方神)から南方をとり、南方神社と呼ばれるなったという説があります。一方で、諏訪神社として残っている神社も県下にはあり、その違いは何なのか??大変興味がもたれるところです。

ちなみに諏訪神社は、上社(建御名方神)下社(事代主命)としてお二方の祭神を祀られている神社もあれば、どちらかお一方という場所、もしくは建御名方神とお妃である八坂刀売神を祀っている神社など、神社庁と内容が相違している神社もあり、はっきりとはしていません。

並立鳥居については、島津家が信州諏訪の諏訪大社上社・下社の両社を勧請した際に、上社と下社を並立した形式で造営し、結果として鳥居も並立して建てられましたという説があります。

その後、薩摩の各郷に同じ形式で分社が造られましたが、時代の変遷や経済的理由で一基の鳥居のみが建てられるようになり、また本殿も、上社と下社を統合した一つの社殿になりました。

県内に残る並立鳥居

意外に並立鳥居の神社が残っていますのでまとめてみました。リンクがあるものは、当サイトでも紹介しております。

・枕崎市鹿篭麓町(南方神社)
・南さつま市加世田益山(八幡神社合祀)
・南さつま市金峰尾下(南方神社)
南さつま市金峰中津野(南方神社)
南九州市川辺町小野(南方神社)
・日置市東市来町湯田(諏訪神社)
・いちき串木野市生福(南方神社)
・いちき串木野市川上(諏訪神社)
薩摩川内市東郷町斧渕(諏訪神社)
薩摩川内市湯島町(南方神社)
・薩摩川内市入来町副田(諏訪神社)
・南大隅町根占(諏訪神社)

ちなみに今回の湯島 南方神社は、「平島 諏方磧」として三国名勝図会でも紹介されています。

『磧の根に諏方神祠あり、因て名を得たり、此磧甚長くして、石巌江中に突出すること長さ四十間許、廣さ八間許、磧上平坦にして、水上に出ること常に八尺許、江水其磧を廻流す、此處より眺望すれば、江流渺然として、水勢緩く流れ、宛然として湖水の如く、風景甚佳なり、春日夏夜小舟に棹し、遊觀する者多し、叉此邊江中に蜆を産す、其蜆悉く細蟹を寓す、他所になき奇産なり』

湯島 南方神社の様子

水引公園側から訪ねると鳥居の前には川内川が

確かこの日は台風あとで川の水が泥水だったと・・

正面から

鳥居の前の階段で座って川を眺めるのものんびりしてよいです

社殿はなんとなく南国らしさを感じます

春の再訪

ヤマザクラのタイミングを見計らっていったのですが、少し葉桜に(´;ω;`)

川内川は綺麗に流れていました(*´▽`*)

人はほとんどいません。。正直、公園とかじゃなくても、こういった地域の神社でお昼にご飯を食べるというのも贅沢な気がします。

まとめ

 

それではまた(o・・o)/~

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