いろはかぞえ歌と、幕末まで伝わる島津家郷中教育の基礎を作った島津日新(忠良)公。
その生い立ちや戦国島津家までの歴史については、鹿児島地域振興局がとてもわかりやすいまとめ記事を作ってくださっているのでそちらを参考にしてください⇒【戦国島津氏について】【島津忠良(日新斎)と島津貴久について(1)】
さて、元は伊作島津家の生まれである日新公ですが、母である常盤様の再婚条件により相州家3代目として家督を相続します。その相州家の墓地があったのが、今回ご紹介する常珠寺跡となります。
アクセス
国道270号線にある道の駅きんぽう木花館より東の山手にあります。道筋の詳細は下記の地図をご確認ください。
地図
現地レポート
寺跡近くになると車一台分の道となります。駐車スペースも草地の広いところに停めるような形です。
大きな木があり、その周囲に祠やお墓があります。
しかしながらけっして良い状態とは言えません。。
三国名勝図会に描かれた内容をもとにすると、この場所は本堂があった位置の西側にあたるようです。
相州島津家墓所
先の案内板にある通り、元は相州島津家初代友久公の菩提寺であり、二代目であり日新(忠良)公の義父である運久公、母 常盤様そして日新(忠良)公のご本人のお墓など相州島津家一族のお墓が並びます。
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日新公のお墓は日新寺跡(現竹田神社)にもあります。
日新公の母 常盤様や実父善久公のお墓は多宝寺跡にあります。
南さつま市指定文化財 常珠寺仁王像
墓所の対面側に路地があり、その先には南さつま市指定文化財の常珠寺仁王像があります。
とても大きな仁王像です。よく土中から掘り出したものです。。破壊の跡があるとはいえ、この大きさの仁王像はなかなかありません。志布志の宝満寺跡の仁王像に匹敵しますね。
先にあげた三国名勝図会の仁王部分を拡大してみました。
そばにはお地蔵さまも
まとめ
人が訪れることは少なそうですが、お花などがしっかり添えられています。途中の道は雨のあとなど、ぬかるみが多くなる土壌であり、気温の高い季節には、ヘビやスズメバチなどにも注意する必要があるかと思います。
訪ねる際は十分お気を付けください。
それではまた(o・・o)/~