高田磨崖仏と霧島堰&霧島社:江戸時代の信仰と技術を今に伝える場所【南九州市川辺町】

前回訪ねた”たかたの命水”や高田石切り場の程近くに、江戸時代の史跡をみつけましたので、今回はそのご紹介!

本記事の内容
・高田地区に残る江戸時代に彫られた磨崖仏の今
・江戸時代に造られ今もそのまま残る堰(せき)とは?
・霧島神宮から分祀された霧島社を探る!

高田磨崖仏の仏様

廃仏毀釈の際に藪で隠れていたことにより、破壊をまぬがれたといわれている高田磨崖仏

屏風上に仏様が並びます

聖観音座像

阿弥陀如来座像

薬師如来座像

大黒天立像

毘沙門天立像

天照大神宮立像は位置関係から見つけることができず。。

それにしても神仏混合の磨崖仏はめずらしいです。また、改めて拝みに行こうと思います。

約300年以上前から変わらず残ってくれたことに感謝です。

アクセス

高田小学校付近から南下すると道沿い右手にあります。詳細は下記の地図をご覧ください。

地図

霧島堰と霧島社

高田磨崖仏からの帰り道。川沿いに史跡の案内がありました。

??

どこにあるんだろう??目の前の川を眺めます

あーあれかなぁ…

これって普通に昭和期に造ったものに見えますが…

1651年に造られたものだそう!!

ちなみにこれは二号堰で一号堰がちょっと上流にあります

にわかに信じがたいがたいですが350年以上壊れもせず残っています。。

水が豊富な場所です

反対側に行くと階段があり

さきほどの流れをそばで見ることができます。

で、どうやって反対側に行ったかというと、一度車で高田小学校方面へ少し北上し、右手に現れる橋を渡り、渡ったらすぐ右手へ。ストリートビューだと以下の場所になります。この橋を渡ります。

この橋を渡り、橋を渡ったら下記の右の道へ

こんな道です(^^;)軽自動車やバイク推奨ですね。私は途中から徒歩で向かいました。。

途中

この道を進んでいると右手に降りられる場所があり、それが二号堰案内がある写真の場所になります。ちなみにこの道をさらに進むと右手に祠があります。

文字が刻まれていますが、はっきりわかりません

もみじが綺麗な場所です

どうやらここが霧島社のようです

小さな社があります。これが霧島社です。周囲を切り開かれ維持されている方々に感謝です。

アクセス

高田小学校方面から南下します。詳細は下記地図と記事内容をご確認ください。

地図

まとめ

いかがでしたでしょうか??

鹿児島の歴史観光において、幕末や集成館事業とかそれに関連する史跡ばかりが目立つのですが、こういった地域に残る未だ現役のものや、歴史史跡もなかなか見ごたえがあるものです。

ご機会がありましたら、是非足をお運びくださいね!

それではまた(o・・o)/~

 

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