国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産委員会により、2015年7月に明治日本の産業革命遺産として登録されたことで一気に知名度が上がった関吉の疎水溝にお邪魔してきました。

明治日本の産業革命遺産とは?

幕末から明治期に九州、山口を中心に進められた日本の近代化。国としては鎖国状態の中、一部地域の単独貿易により、約50年間という短い期間で飛躍的な経済発展を成し遂げたのは驚異的であり、当時の建築物も含め、例を見ない点が評価され、2015年に世界文化遺産に登録されました。

集成館事業とは?

島津斉彬公が推進した洋式産業の総称になります。斉彬公は、世界と肩を並べるには、軍備のみだけではなく、世界に負けないレベルの産業の発展が重要と考えていました。そこで、1851年斉彬公は鹿児島城内に製錬所を建設します。この製錬所で多くの製造実験を行い、成功したものを厳選し、磯地区に工場を建てて実用化を図ります。工場の数は次第に増え、斉彬公は製錬所を「開物館」、磯の工場群を「集成館」と名付けられました。

1854年には、日本初の本格的な高炉が完成し銑鉄を生産できるようになります。ただ、これは次への前段階。続けて大砲鋳造用の鋼鉄を大量生産できる大型反射炉の建設を行うのです。こうして、軍事産業の発展と軍備を強める一方、薩摩切子に代表される各種ガラス製品の製造、磁器や陶器、工具、農具などさまざまな産業の発展を図っていったのです。

関吉の疎水溝とは?

関吉の疎水溝が造られた背景として、蒸気機関による動力の活用が研究段階であり、水車動力を高炉や工場などに使う為だったといわれています。これにより全長6~8kmといわれ、稲荷川上流から仙巌園に及ぶ「関吉の疎水溝」が生まれました。

現在の関吉の疎水溝

県道25号より案内に従い田んぼに続く道へいくと駐車場の案内があります。駐車場は砂利で5、6台ほど停められます。

ここから橋を渡り左側へ歩いていきます。

のんびりと散歩を楽しみましょう。700mほどですので(^_^)近くに行くとこんな立派な案内が!

関吉の疎水溝の案内

ふむふむ。。

ここから足場にお気を付け下さいとの案内。

見えてきましたーー!ただ、この日は水量少ない。。(^_^;)

明治日本の産業革命遺産の関吉の疎水溝へ行ってきました

こちらにも案内が

人工的に作られた縦長の溝。ここにせき止める仕掛けを作ってたんですねー

こんな感じだったのでは?と

せきよしのそすいこうの案内板です

このように水をためて水路に流していたんですね。。

観光まとめ

2013年(平成25年)に国の史跡にも指定されていますが、この場所から仙厳園まで、人工的に水路を作ったって凄いな。。と。途中、トンネルも10以上掘っているみたいですし、一部は今も農業用水として活用されていますからね。。そんな歴史的背景もさることながら、夏場は涼めるスポットとしても良さそうです。御機会があれば是非、訪ねてみてください!

アクセス情報

  • 住所:鹿児島市下田町1263
  • トイレ:簡易トイレのみ
  • 車いす:可能ですが奥まではいけないです。
  • JR鹿児島中央駅から緑ヶ丘団地線バス 下田バス亭下車、徒歩12分
  • 九州自動車道吉田ICより車で約15分。

地図

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