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多くの寺跡がある日置市。都度都度、時間をみつけては訪ねていますが、今回は薩摩琵琶発祥の地「中島常楽院跡」にお邪魔しました。

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中島常楽院とは?

中島常楽院は、島津家初代である島津忠久公が薩摩守護として薩摩に降った際に、京都(滋賀説もあり)にあった妙音寺常楽院の住職「宝山検校」を伴ったことが始まりと言われています。※宝山が名で、検校は目が不自由な僧(盲僧と呼ばれる)の最高位のお坊さんということです。


そして、薩摩にきた宝山検校は常楽院を建立します。常楽院は目の不自由な僧しかいない盲僧寺とされ、楽器の扱いに長けた僧が多かったそうです。戦国期に伊作島津家十代当主忠良公(日新公)により、当時の常楽院住職へ盲僧が使っていた盲僧琵琶を元に、薩摩琵琶ができたと伝えられています。

 

この薩摩琵琶により、各地で琵琶を弾いて仏法を広めつつ島津氏の威徳を高め、さらには、島津家第15代当主島津貴久公により三州(薩摩、大隅、日向)盲僧の統括的な立場となりましたが、江戸初期に島津家第18代島津家久(忠恒)公により鹿児島市山之口付近に移転します。中島常楽院はその末寺となり、廃仏毀釈を経て今に残ります。

薩摩琵琶動画

最後の琵琶法師と言われた山鹿良之氏の演奏

県指定文化財「妙音十二楽」が行われる場所

新暦の10月12日。この日は毎年、妙音十二楽という行事がこの中島常楽院で行われます。

妙音十二楽は、琵琶、太鼓、手拍子、笛、妙鉢、銅鑼、大法螺、小法螺の八種の楽器で演奏され、盲僧が琵琶の伴奏で常楽院独自の経典を読み続け節ごとに合奏が入ります。

十二楽には、”松風””村雨””杉登””軒ノ水”などの十二曲が伝えられており、常楽院独自の経典である釈文も十二種あるそうです。

妙音十二楽動画

大蛇伝説と宝山検校、有名焼酎との関係

宝山検校の名からとられた焼酎といえば、同じく日置市吹上町にある西酒造さんの焼酎「薩摩宝山」です。そしてそれに名を連ねる他の銘柄にも、宝山検校に関するゆかりがあります。

その昔、中島常楽院のあった場所は、湖(沼)だったと言われ、その湖には大蛇がおり村人を苦しめていたそうです。そこで、宝山検校は琵琶を吟弾したところ、「吉兆(いい兆候)が現れ、大蛇は龍に姿を変え白天に昇り、湖の水が引き平地となり、村人にをもたらせた」という逸話があるそうです。

 

この逸話から

 

宝山検校が村人に富をもたらせたことにちなみ「富乃宝山」

琵琶を弾き吉兆が現れたことにちなみ「吉兆宝山」

そして大蛇を龍に変え白天に昇龍させたことにちなみ「白天宝山」

それぞれのラベルを見れば、その逸話を知ることができるようになっているそうです。

※参考:西酒造HPより

現在の中島常楽院

10月12日以外は、仏堂もしっかり閉ざされており、歴史的背景を知らなければ印象が薄い場所かもしれません。

仏堂向かって左の金剛力士像は新しいですが、右は経年による風格を感じさせます。

仏堂を見守る天邪鬼

そして奥には・・

宝山検校と歴代僧侶の墓

墓所入口には「薩摩琵琶発祥の地」の碑が

奥に入るとここにも廃仏毀釈の跡が。。

無事なものは廃仏毀釈以降のものではと。。

その先に

上記の中央が宝山検校のお墓になります。下記では右ですね。

偉大な文化を伝えられた方です。。ただ、特別視しすぎず、ほかのお坊様たちにもしっかり手を合わせましょう。

まとめ

史跡巡りは現在の状況だけでなく、背景や歴史を知ることで深みが増します。。

私も今回、中島常楽院を調べることで、いろいろなことを学べましたし、この地の歴史に浸ってしまいました。。

 

この記事に出会ったのを機に、歴史を感じながら、もしくは焼酎宝山のゆかりを感じながら訪れていただけると幸いです。

 

よかもん君
薩摩琵琶の歴史と焼酎宝山にこんな繋がりがあったとはびっくり!

地図

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