じめさあ(持明院様)と鶴嶺神社:美人の神社と心美しき女性として今も慕われる姫

じめさあ(持明院様)は、鹿児島県民、特に女性から慕われる島津家のお姫様です。

では、なぜ慕われているのでしょうか?そもそもどんな女性だったのでしょうか?鶴嶺神社との関係は?いろいろ謎があると思いますので、まずは、じめさあ(持明院様)がどのような人物なのかを御紹介していきます(^_^)

じめさあ(持明院様)とは?

時は戦国期。島津本家16代島津義久公の三女として元亀2年(1571年)に、じめさあ(持明院様)は生まれました。幼名を「亀寿」国分での生活中は「国分様」「国分御上様」などと呼ばれていたようです。

人質生活と結婚

天正16年に島津家が豊臣秀吉による九州征伐により敗北すると、秀吉の指名により上洛し、一年間人質となります。帰郷後は、義弘公の長男 島津久保公と結婚し夫婦仲は良好だったようですが、不幸にも久保公は文禄2年朝鮮で亡くなってしまいます。その後、久保公の弟 忠恒(家久)公と再婚します。

忠恒公との不仲

夫人として家中に重きをなしますが、夫婦仲は最悪で、父 義久公が慶長16年(1611年)に死去したことをきっかけに鹿児島城から追放され、父の居城だった国分に別居。事実上正室の座を追われる形となります。ただ、島津家の歴代財産はじめさあ(持明院様)が保持し、後継者決定権も彼女が有していたという説があり、義久公の玄孫に当たる島津光久公を養子とし、後継者として指名したとされます。

死去

その後、寛永7年(1630年)10月5日国分城にて死去。

なお、島津家の女性としては珍しく肖像画があったらしいですが、西南戦争時に鶴嶺神社の宝物として保管されていた他の宝物と共に官軍に強奪され行方不明となっています。

鶴嶺神社

鶴嶺神社は、島津氏初代である忠久公以降の歴代当主並びにその家族、及び分家である玉里家歴代当主とその家族を祀っています。

美人の神社

じめさあ(持明院様)は、数多くいる御祭神のお一人にあたるのですが、鶴嶺神社は、じめさあ(持明院様)が祀られた神社として有名であり、ここにお参りすれば、じめさあ(持明院様)にあやかることができ、身も心も美しい女性になれると言われています。

歴史的背景

鶴嶺神社がこの地に創祀された背景として明治期の廃仏毀釈があげられます。猛威をふるった廃仏毀釈により、島津氏歴代当主の菩提寺である福昌寺も廃絶。これに代わる形で忠義公が祖先を祀る神社「竜尾神社」を元鹿児島市照国町に創建します。その後の大正6年現地に遷座され今に至ります。なお、旧鎮座地には、現在、島津斉彬公、久光公、忠義公の銅像が建立されています。

環境情報

正面入口に階段がありますが中央に手すりが設置されています。車いすで境内に入るには階段をクリアする必要があります。

アクセス情報

  • 住所:鹿児島市吉野町9698-2
  • 地図はコチラ

じめさあ

西郷隆盛像のちょうど裏手にあたる鹿児島美術館の敷地内にある「じめさあ」と呼ばれる石像です。

毎年、じめさあ(持明院様)の命日10月5日に市役所の女子職員により化粧を施されています。

口紅と頬紅は本物の化粧品だそうです(^_^)

なお、元々この石像は大乗寺院境内(現清水中学校)にあった「白地蔵」であったという説があり、大乗寺院が廃仏毀釈で破壊されたあと行方不明だったものが、昭和4年、当時の鹿児島市役所敷地(現鹿児島市立美術館)で発見され「じめさあ」として親しまれるようになったという話もあります。

環境情報

車いすで入れます。詳細はコチラ

アクセス情報

  • 住所:鹿児島市城山町4−36※鹿児島美術館敷地内
  • 地図はコチラ

伝承の謎

じめさあ(持明院様)の伝承にはいくつかの説があるようですね。一般的にじめさあ(持明院様)は、器量には恵まれなかったものの素晴らしい人間性の持ち主で、人々からは「器量はすぐれずとも、心優しく幸せな家庭を築いた」といわれ伝承されています。ただ、先に御紹介したとおり、夫とは不仲であったとされる話は有名であり、福昌寺跡にあるお墓も夫婦別々になっています。

 

また、器量に関して、現地の案内では「大変美人であった」との文言がありますが、これも一般的に伝えられている「器量に恵まれなかった」と、対象的な伝となっており、事の詳細には疑問点が残ります。ただ、いずれにしても人間性に関して否定するものはなく、約400年後の現代でこうして土地の人間に慕われているという現実は、事実として残っています。

 

歴史は諸説入り乱れるものですが、こうして慕われている事こそすべてと思いたいところです。

まとめ

島津家の姫と言えば篤姫が有名ですが、今回取り上げた”じめさあ(持明院様)”種子島家に嫁いだ”松寿院”にもスポットが当たってほしいですね。男尊女卑が強い、武家社会、薩摩に置いて強く生きた女性たちがいた事を学ぶこともまた、未来への布石になるのではと思っています(^_^)

それではまた(o・・o)/~

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